ランニング

 なにか欲しい物ある? って聞かれるたびに痩せ薬と答え、ぐいっとコーラをひとくち。くぅー! この炭酸! キレのある辛口! などと矛盾に満ちた毎日を送る下々の者よ、あるいはおれよ。運動なさい。

 

 というわけで春が来てから毎日5キロ走っている。心療内科でもらった気分が晴れ晴れとする薬は食欲も増加させてしまう諸刃の剣で素人にはお勧めできないが、おれはそれを飲んでしまって、んで素人だったので見事に太って服が何着もダメになった。ダメになったとは着れなくなったという意味で、超人ハルクよろしく、うおおお!! ブチブチブチィッ! とボロ雑巾のように弾け飛んだわけではもちろんなく、普通に「あ、閉まらねえ……」と極めてしめやかにタンスの肥やしとなっていったのだ。

 

 で、5キロである。否、体重はすでにトン。0.1トン。ひぇぇ。それをどうにか50キロ後半ぐらいにできたらいいなと思って、50キロ後半にするための5キロである。ミズノのアシックスのリーボックの、普通、靴とは道をへこへこ歩くために、あるいはおしゃれな足元を演出するために靴職人のおじいさんが寝てる間に小人が作っているのだが、それとは一味違う一秒たりとも同じ場所にいたくないいれないもっと激しい夜に抱かれたいNoNoそれじゃ届かない夢見る少女じゃいられない、つまりわかりやすく言うと走るために作られた靴を履いて、これでアスファルト舗装などの道をシュヴァーン・オルトレインすると足は痛くならないし、タイムは伸びるし、ちょっと気になってた女の子からデートに誘われるし、学校の成績も一番になるし、何よりおれ走ってる! ランナーしてる! 陰りのない少年の季節は過ぎ去っていく! 風はいつも強く吹いてる!

 

 なので上野で快調、浅草で快活、鶯谷でハッスルという感じでスーパーランナーしていて、なんともう結果が出始めていて、タンスの肥やしとなった服から芽が生えている! 地球が滅びる寸前の未来まで来てしまった大和小学校の862人の魂はこのためにタイムスリップしてしまったんだ! とこないだ読んだばかりの漂流教室を思い出しつつ、あのキノコ食って変貌してしまったらへんの、一つ目の未来人って結局最後になんかよくわからない怪物に食われてしまうけど、アレってなんか意味あるのかな? GANTZも結局なんかそこじゃないだよなあーってとこばかりフィーチャーされて終わってしまったし、なんだか嫌だな〜怖いな〜怖いな〜変だな〜おかしいな〜不気味だなあ〜。ふと押入れを見ると真冬だっていうのに生ぬる〜い、この世のものとは思えない嫌ぁな空気が流れてきてる。あれ? なんで押入れから空気が流れてくるんだ〜なんだか変だな〜やばいなやばいな〜思いながらふと床を見ると黒い塊が落ちてる。あれ、今朝掃除機をかけたばかりなんだけどなあ〜おかしいな〜変だな〜怖いな〜これ稲川淳二だって伝わってるのかな〜文字だけだもんな〜やばいなやばいな〜だって伝わっていないならここまでの数行が全く意味ないっていうっていうことになってしまう。やばいなやばいな〜と思いながら、もう淳二もいいから朽ち果てたシャツから新しい芽が新しいシャツが生えてまた着れるようになりました。それでいいじゃないですか。ねっ。じゃあ喜びの祝詞を捧げよう。みんな集めて満漢全席酒池肉林焼肉定食でパーッとやっちまおうと親戚縁者友人愛人宿敵にLINEしようとしたら、なんと、ニトリで買ったベッドの上で目を覚ましたんです。

 

 で、すべてが夢であり、5キロどころか1ミリだって走ってないし、靴だってもってないし、走る用の服もないし、学校ないし、家庭もないし、ヒマじゃないし、カーテンもないし、あるのは腹にこびりついた肉。贅肉。人肉。そして孤独。台東区に咳をしても一人。肉をつまんで、1人敗北感と厭世観希死念慮を抱いたまま二度寝。ふて寝。今年度も迷走。ランニングだけにってやかましいわ。

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未読スルーと熱中症

 いろいろ大変なことがあった。普通「いろいろ」というときはたぶん56色ぐらいをみんな想像すると思うけど、今回の「いろいろ」は32768色ぐらいで、むちゃむちゃ鮮やかだ。だからおれは自分で思考することがすっかりできなくなった。ひとつ大変なことが起きる。それに対して悩んでるともうひとつ起きる、その連鎖。ひとつ積んでは親のため。2つ積んでは世のため。3杯目はそっと出し。根っからのシングルタスク人間であるおれはここ数日、友人への相談なしで生きることが不可能だった。有り体に言えば精神的に参っていた。

 

 なのでLINEとかSNSとか伝書鳩や狼煙で人生の指針をもらっていたんだけど、やっぱりあって相談する方が手っ取り早い。文字と音声だけでは伝わらないなにかという名のジェスチャーとかオーラとかサイコキネシスがあるのだ。PSYはコミュニケーションを円滑にする。それで上谷から電車で30分ぐらいの大きな公園でお茶でもしながらお話しましょうということになった。

 

 待ち合わせ時間。友人のほうがちょっと先についていて、公園の入口から離れた出口についてしまったおれは携帯で連絡をとりながら合流を試みていた。が、向こうが「今つきました」と送ってきて、こっちが、もうすぐ着くよ。と返信した途端、既読がつかなくなった。

 

 とっさに脳裏によぎったのは、電池切れ。しまったなー。そういうことは当然考えられるし、ちゃんと入り口のどこにいるかとか聞けばよかった。でも電池が切れそうだったら普通はそういう旨をこっちに伝えるからあれか? 急におれに会いたくなくなってしまったか? おれは人の気持ちがよくわからなくなることがあるから、気づかないところで地雷を踏んでいたのかもしれない。うーん、そうだったらどうしよう……。精神的に参ってるのでどんどん悪い方向に考えてしまう。うう。なぜ。なぜおれは生きているんだ。もっとあの河原で石を積むべきだったのではないか? バグ技を使って、鬼が居ぬ間に全詰みしたのが行けなかったのか。などと悩んでいる間にも時間はすぎる。既読はつかない。腹水とこぼしたミルクは盆に帰らない。とある理由があって13時までには会いたかったんだけど、もう時間まで30分もない。おかしい。LINEの通話を試みたり、携帯の番号に電話してみるもそちらも返事がない。そもそも携帯の番号にかかる時点で電池切れではないのだ。一体なにが起こったんだ? お腹も空いてきた。6時にご飯を食べて以来、何も食べていない。

 

 救急車の音が聞こえてきた。はたと思いつく。まさか、事故や事件に間にこまれた? もちろんそんなものは救急車からの連想だ。だけど普段よりも脆い精神状態がそんなあり得ない妄想を生み出す。一旦落ち着こう。確かに救急車は公園の入口で止まったけど、誰が運び込まれるかを確認するわけにも行くまいし、そんな確立ない。それに野次馬根性は持たないことがおれの美徳だ。ってんで、気持ちを切り替えて、ラーメンを食べることにした。きっと通知オフモードにしてて気づかないんだろう。

 

 で、味噌ラーメンをずるずる食べてたら、いつの間にか既読がついている。あーよかった。何があったかはあってから聞こう。えーとなになに。「ぶっ倒れて救急車に運ばれた」

 

 まじかー!!!!

 

 生まれてあんなに食べたことを公開した味噌ラーメンはなかった。恥を忍んで救急退院についていけばよかった。みんなも急にLINEの連絡が取れなくなった友達との待ち合わせ場所で救急車が止まったとき、安易に味噌ラーメンを食べるのはやめておいたほうがいいぜ。あとになって気づいたって遅いぜ。

 

 友人はその後、ピンピンしてて喫茶店でパンを一斤食ったり、カラオケでハナミズキを熱唱したり、元気っぽかったのでなによりだった。よかった。みんなも熱中症対策は怠らず。

生活

 仕方ないとはいえ締め日と給料日の関係で、働いても働いても金がない。あとで補填されるとはいえ交通費もバカにならない。それに昼飯代と飲み物代も重なって、おれの口座から野口、樋口、諭吉がさようなら。ロウソクの代わりに爪をメラメラさせて先月半ばから今月末まで実質タダ働きの毎日を送っている。アンド通勤と家事に時間を奪われ、そのなかできる娯楽というのはとても少ない。というかない。ここ上谷にはなにもない。襟裳の春と見まごうなにもなさだ。運動ができる公園がない。図書館もない。マクドナルドもスタバもツタヤも、百道浜室見川もない。たまに来るのは紙芝居。

 

 上谷から職場のある菊居までは一時間半ほど掛かる。二日で三ヶ月分のアニメを見終わってしまう計算だ。それでも実家暮らしならそれほど辛くないのかもしれない。が、おれは故郷アッパーイーストサイドから、内戦の止まない中東が如き地図にも載っていない東京の一番端の町で、彼女と赤い手ぬぐいマフラーにしてキャベツばかりを食べる生活を強いられている。おれの妹と彼女の弟が人質に取られ、彼らの命を救うには実家を出るしかなかったのだ。それまで箸より重たい物は人命しか扱ったことのないブラックジャック級の外科医だったおれたちはメスを捨て、炊事洗濯家事あられをこなすことになった。つまり仕事が定時に終わっても通勤と掃除、炊事と洗濯、戦争と平和が待っていて、あっという間に風呂に入って就寝する時間になってしまう。おまけに三日に一度は継母と義姉たちがいじめにくるし、婆さんはおれが可愛がっていた犬を殺しスズメの舌を切ってどこかへ逃がしてしまうし、ああ最低限の文化的な暮らしはどこに!

 

 さらに職場環境がおれを苛む。さいなむと読む。日に8時間、週に40時間も立ち仕事をしながら、接客やらバスケットボールやらスパイダーソリティアやらをやっていたら傭兵時代にザンジバーランドで発症した椎間板ヘルニアを悪化したのだ。腰が痛い。下半身が常に痺れてる。手に力が入らない。どんな拷問や自白剤にも耐え、緑の淡麗たる麒麟と東西どの陣営からも恐れられたおれがヘルニアに苦しめられるとは。ハートマン軍曹が見たらなんというだろうか。それにストレス性の痺れが背中と肋間筋でビリビリしてるし、最低限の健康的な生活も危うい。

 

 ぼろぼろになって働きながら休日。誰の目にも明らかに不自然かつおれにとっては痛みが一番和らぐ体制でそろそろと動き、トイレと残りの人生をピカピカにすべく西友ドメストサンポールを買ったら「これ混ぜたら死にますからマジやめてくださいね」とレジで店員さんに注意された。さらに天ぷらとスイカ、蟹と柿、ヤギとキャラメルフラペチーノが買い物かごに入っているのを見て店員さんは「あんた、食べ合わせも知らねーのか?」とあきれ顔。しょんぼりしながら店を出ると、携帯電話に着信。犯人からだ。なんの? 妹と彼女の弟を人質にとった卑劣な犯人だ。はやく助けにいかないと人質に囚われた妹と彼女の弟の命の危険が危ない。可及的速やかに急がなければ。

 

 ヘルニアの痛みも忘れて駆け出すと、長良川のあたりで犯人の手先に行く手を阻まれる。曰く、最短ルートを通りたければここで水鳥を使って鮎を捕獲しろとのこと。遠回りすれば一時間以上も掛かってしまう。くそっ、人命が掛かっているときにどうして鮎なんか捕まえないといけないのか。しかもわざわざ鳥を使って。瞬間、おれはある事に気づく。犯人の手先が笑っている。

 

 どちらにしても、うかいするしかないのだ。

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