未読スルーと熱中症

 いろいろ大変なことがあった。普通「いろいろ」というときはたぶん56色ぐらいをみんな想像すると思うけど、今回の「いろいろ」は32768色ぐらいで、むちゃむちゃ鮮やかだ。だからおれは自分で思考することがすっかりできなくなった。ひとつ大変なことが起きる。それに対して悩んでるともうひとつ起きる、その連鎖。ひとつ積んでは親のため。2つ積んでは世のため。3杯目はそっと出し。根っからのシングルタスク人間であるおれはここ数日、友人への相談なしで生きることが不可能だった。有り体に言えば精神的に参っていた。

 

 なのでLINEとかSNSとか伝書鳩や狼煙で人生の指針をもらっていたんだけど、やっぱりあって相談する方が手っ取り早い。文字と音声だけでは伝わらないなにかという名のジェスチャーとかオーラとかサイコキネシスがあるのだ。PSYはコミュニケーションを円滑にする。それで上谷から電車で30分ぐらいの大きな公園でお茶でもしながらお話しましょうということになった。

 

 待ち合わせ時間。友人のほうがちょっと先についていて、公園の入口から離れた出口についてしまったおれは携帯で連絡をとりながら合流を試みていた。が、向こうが「今つきました」と送ってきて、こっちが、もうすぐ着くよ。と返信した途端、既読がつかなくなった。

 

 とっさに脳裏によぎったのは、電池切れ。しまったなー。そういうことは当然考えられるし、ちゃんと入り口のどこにいるかとか聞けばよかった。でも電池が切れそうだったら普通はそういう旨をこっちに伝えるからあれか? 急におれに会いたくなくなってしまったか? おれは人の気持ちがよくわからなくなることがあるから、気づかないところで地雷を踏んでいたのかもしれない。うーん、そうだったらどうしよう……。精神的に参ってるのでどんどん悪い方向に考えてしまう。うう。なぜ。なぜおれは生きているんだ。もっとあの河原で石を積むべきだったのではないか? バグ技を使って、鬼が居ぬ間に全詰みしたのが行けなかったのか。などと悩んでいる間にも時間はすぎる。既読はつかない。腹水とこぼしたミルクは盆に帰らない。とある理由があって13時までには会いたかったんだけど、もう時間まで30分もない。おかしい。LINEの通話を試みたり、携帯の番号に電話してみるもそちらも返事がない。そもそも携帯の番号にかかる時点で電池切れではないのだ。一体なにが起こったんだ? お腹も空いてきた。6時にご飯を食べて以来、何も食べていない。

 

 救急車の音が聞こえてきた。はたと思いつく。まさか、事故や事件に間にこまれた? もちろんそんなものは救急車からの連想だ。だけど普段よりも脆い精神状態がそんなあり得ない妄想を生み出す。一旦落ち着こう。確かに救急車は公園の入口で止まったけど、誰が運び込まれるかを確認するわけにも行くまいし、そんな確立ない。それに野次馬根性は持たないことがおれの美徳だ。ってんで、気持ちを切り替えて、ラーメンを食べることにした。きっと通知オフモードにしてて気づかないんだろう。

 

 で、味噌ラーメンをずるずる食べてたら、いつの間にか既読がついている。あーよかった。何があったかはあってから聞こう。えーとなになに。「ぶっ倒れて救急車に運ばれた」

 

 まじかー!!!!

 

 生まれてあんなに食べたことを公開した味噌ラーメンはなかった。恥を忍んで救急退院についていけばよかった。みんなも急にLINEの連絡が取れなくなった友達との待ち合わせ場所で救急車が止まったとき、安易に味噌ラーメンを食べるのはやめておいたほうがいいぜ。あとになって気づいたって遅いぜ。

 

 友人はその後、ピンピンしてて喫茶店でパンを一斤食ったり、カラオケでハナミズキを熱唱したり、元気っぽかったのでなによりだった。よかった。みんなも熱中症対策は怠らず。