ぼうけんのしょ

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響キアリー
 迂闊にもそう発してしまった時点で、ぼくがドラクエ派であることがクラス中に知れ渡ってしまった。父親の影響で始めたドラクエでRPGというものを知り、そのせいでFFは好きではなかった。それを必死に隠して来たのに、しくじった。
 国語の授業が終わったあと、クラスのリーダー格がぼくを呼び出した。
「お前がそっち側だったとはな。残念だがこのクラスにドラクエ派はいらないんだ」
 覚悟はしていたがこれは死刑宣告に近いものだった。ぼくたちのクラスはスタイリッシュで深みのあるシナリオのFFを愛する一派が幅を利かせていた。振るう箒はメタルキングの剣や破邪の剣ではなく、あくまでもグングニルエクスカリバーだった。愛すべきモンスターはスライムではなくチョコボ。魔法と言えば……やれやれ。もう止そう。つまりドラクエとその愛好者は抹殺されていたのだ。
 その日からぼくの小学校生活は悲惨なものになった。上履きは隠され、給食にうまのふんを入れられ、机の上には菊の入った壺が置かれた。みんなはぼくを無視をするか、さもなくばバイキンのように扱った。子どもが純粋な生き物だという言葉はある意味で当たっている。彼らは純粋な目で異端を見分け排除しようとしているのだ。
 そんな地獄がもう一ヶ月も続いただろうか。ぼくは辛うじて毎日学校に通っていた。こんな状況であっても優しくしてくれる女の子がいたからだ。クラスで一番可愛くて勉強も出来るあの子。誰もがぼくを無視する状況にあっても彼女だけは笑いかけてくれた。天使だった。シンシアだった。毎日を彼女に会うためだけに捧げていた。
 しかし、それも長くは続かなかった。二ヶ月が経とうとしたとき、ぼくの心は折れてしまった。放課後、彼女がぼくの悪口を言っているのを聞いてしまったのだ。
「あいつさぁ、ちょっと話しかけてやったら調子のって。毎日あたしんとこ来てマジウザいんだけど」
 目の前が真っ暗になった。そっとその場を離れた。もう、だめだ。
 もはやぼくがこの世界にいる理由は無くなった。ノートの切れ端に短く、両親へ不孝を詫びる文章を書いた。屋上に立って、それをそっと足元へ置いた。もしも、FFやドラクエのようにリセットすることが出来たらなぁ。くだらない後悔を終えて、あとは跳ぶだけ。さらば。えい。
 想像よりも短い落下の果てにとても乾いた音がしてぼくは意識を失った。が、それも長くは続かなかった。あげく、目を覚ますと、中世の王様のような格好をしている父親がニヤニヤしてこう言うのだ。
「おお、むすこよ。しんでしまうとは なさけない」